2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
フォト

My flickr

お知らせ

  • 掲載写真の御利用に関してー
    写真の無断転載を禁じます。 利用を御希望される方は、bears3satsuei@gmail.comへ御連絡下さい。
無料ブログはココログ

« 長禅寺の紫陽花 | トップページ | チェコの写真家展「暗がりのあかり」へ行ってきました。 »

2010年7月 8日 (木)

愛宕神社の素晴らしき木彫

先日、龍ケ崎市の愛宕神社を撮影してきました。
アジサイの名所ということで、取材にいったのですが、アジサイより感動したのが以下の写真です。

龍ケ崎市根町の高台にある愛宕神社は、寛永18年(1641)、時の領主・伊達陸奥守忠宗(正宗の子)によって創建されたそうです。

宝永5年(1708)に、現在の表6尺・奥行き6尺5寸の総檜造り社殿が再建されました。
社殿には、日光の東照宮において活躍した左甚五郎が彫ったとされる彫刻が施されています。
ただし、根町と東照宮の彫刻が同時期に施されたとも言われており、現在のところ歴史的な確証は得られておりません。(いったい誰なのかとっても気になります)

個人的な印象としては、馬や人物の表情にどこか西洋的な形状が感じられます。
また空間の認識が日本の伝統のものではないようにも感じられます。
どうにもこうにも気になるので、日本史の弱い私も伊達家と西洋の関わりを調べてみました。
その結果…ありました!ローマとの関わりが!

以下、伊達政宗-Wikipediaから抜粋。
<政宗は幕府転覆を図るために、使者をローマ(帝国)に派遣した(慶長遣欧使節)>とあります。
ナント、ローマ帝国と軍事同盟をもくろんだ!!
<使者である支倉常長はローマ教皇にも謁見した。この時代の日本人がローマ教皇に謁見した史実は、日本の外交史の中で特筆される実績であり、今でもスペインのコリア・デル・リオには現地に留まった仙台藩士の末裔が多数存在する。彼らは「日本」を意味する「ハポン」を姓として名乗っている>ともありました。

西洋とのこのような深い接点があったのなら、この作者(左甚五郎?)は、ローマから直接大きな影響を受けたということも考えられます…どおでしょうか?

このミステリアスな作者について、もう少し知りたいものです。
どなたかご専門の詳しいお方、是非解明して下さいナ(=゚ω゚)ノ o(_ _)oペコッ

Th_th_img_2847b

Th_th_img_2857a

Th_th_img_2846a

Th_th_img_2876bc

Th_th_img_2885a

Th_th_img_2945

« 長禅寺の紫陽花 | トップページ | チェコの写真家展「暗がりのあかり」へ行ってきました。 »

写真」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 愛宕神社の素晴らしき木彫:

« 長禅寺の紫陽花 | トップページ | チェコの写真家展「暗がりのあかり」へ行ってきました。 »